Dolcissima Mia Vita

A Thing of Beauty is a Joy Forever

Musique

ギターという反ロマン的な楽器の響き ティボー・ガルシア演奏会を聴いて

カール・リヒターやロストロポーヴィチの重厚で骨太のバッハを聴いて育ってきた私にとって、ティボー・ガルシア Thibaut Garcia のギターによるバッハのしなやかで軽やかな演奏は、同じ作曲家とは思えないほどだった。もちろん楽器の特性もあるだろう。音量…

円地文子『私も燃えている』、リヒャルト・シュトラウス『九月』、有吉佐和子の短篇集について

9月6日 円地文子『私も燃えている』(1959年)読了。 登場人物同士が偶然に出会う場面が多く、全員が著者の操り人形のようで、それが物語のリアリティを弱めている気がした。さらに、何人もの女を泣かせて、自分は研究一筋で、しかしいざとなると自分の身を…

ただうなだれて聴くしかない ブリテン『戦争レクイエム』

第一次大戦に従軍して凄惨な戦場の中で詩を書き、若くして戦死したウィルフレッド・オーウェン Wilfred Owen の詩で昔から好きなのは "Dulce et Decorum Est"と題された詩だった。 ドイツ軍による毒ガスを吸って、苦悶しながら死んでゆく戦友の様子を語り、…

『さまよえるオランダ人』を見てミソジニーを考える

ワーグナーのオペラを見るのは学生時代に二期会の『ワルキューレ』を見て以来で、『さまよえるオランダ人』も、序曲と有名な合唱曲ぐらいしか知らなかったので、新鮮な気持ちで見ることができた。佐渡裕指揮、兵庫芸術センター管弦楽団他による演奏、演出は…

生まれることは死にはじめること バッハのロ短調ミサをめぐって

Et incarnatus est de Spiritu Sancto ex Maria Virgine, et homo factus est. そして聖霊によって処女マリアより受肉し、人間となった。 キリスト教のミサ典礼文の「クレド(ニケア信条)」のなかの一文である。 モーツァルトのハ短調ミサ曲(K427)では、こ…

タカーチ四重奏団 あるいは人生の喜び

大好きな曲、ベートーヴェンのラズモフスキー1番を聴いて、親密なアンサンブルの醍醐味を味わった幸せな一夜だった。 今年結成50周年というタカーチ四重奏団の演奏会、神戸女学院小ホールにて。 プログラムは ハイドン「弦楽四重奏曲作品作品74−3〈騎士〉」 …

尾高忠明と大阪フィルでエルガーの『ゲロンティアスの夢』を聴く

夜の音楽会に行くので、家の人たちにカレーを作り置いて、夕方家を出る。すっかり日が長くなり、日差しは暖かく、桜は散り始めている。 淀屋橋の駅を降りて中之島を歩くと、ものものしい制服の男の人たちが、数メートルおきに目を光らせている。例のお祭り騒…

バダンテール『ふたりのエミリー』、ロシアの無伴奏合唱曲、黒大豆のこと

4月1日 エリザベート・バダンテール Élisabeth Badinter 著『ふたりのエミリー』Emilie, Emilie 1983 読了。 ヴォルテールの恋人でありニュートンの著作の仏訳を手掛けたシャトレ夫人と、ルソーの友人で教育論を著したデピネ夫人。多言語を操り、男の領分と…

アーリン・オージェという歌手のこと、髙村薫『晴子情歌』のこと

3月29日 アーリン・オージェ Arleen Auger という歌い手が昔いた。中学3年生ではじめてバッハのマタイ受難曲をなまで聴いたとき、ソプラノを歌っていたのが彼女だった(指揮はヘルムート・リリング)。その後ラジオでこの時の演奏がオンエアされたのをカセッ…

リヒャルト・シュトラウスの英雄の生涯、スーフィズム、カウワーリーのことなど

3月21日 近々聴きに行くので予習中なのだけど、シュトラウスの英雄の生涯を途中で退屈せずに最後まで聴けたことがいまだにないのは、聴き方が悪いのかしら。 前半の長いヴァイオリンソロで眠くなり、後半の過去作の引用でうんざりする。あまりに標題的なせい…

開花の前の桜の木、『エマニエル夫人』新訳、微分音チェンバロのことなど

3月11日 桜のつぼみの開く前の木を見ると、開花への予感にほのかになまめいて、木そのものがすでに赤らんでいるかのように見え、よく目をこらしてみれば、つぼみにはすでに小さな赤が見えはじめている。 末の子が就職を機に、自分でお弁当を作って持っていく…

クレア・キーガンの短篇集、シューマンの交響曲第2番、オルフェウス神話のことなど

3月1日 クレア・キーガン Claire Keegan 著『青い野を歩く』Walk the Blue Fields 読了。 映画『コット、はじまりの夏』の世界そのままの、沈黙と静謐、緑と水に満たされた世界。映画の原作者として知って手に取った短篇集は、凝縮された詩的な言葉で、孤独…

カルテット・リアンの演奏会で婚外恋愛を考える

生まれたばかりの若い弦楽四重奏団は心から応援したくなる。カルテット・リアン Quartet Lian 演奏会、豊中市立文化芸術センターで、vn, va, vc 3人の客演奏者を迎えて。コアメンバーによるヤナーチェク『クロイツェル・ソナタ』をメインに、前半に弦楽六重…

キム・セロンの訃報、モンテヴェルディ『オルフェオ』のエンディングのこと

2月17日 キム・セロンさんの訃報を聞いて、打ちひしがれている。心よりお悔やみ申し上げる。 あの激しくてせつない、ときには愛らしい演技をもう見られないと思うと残念。 生まれて初めて見た韓国映画が、キム・セロン&ペ・ドゥナ主演の『私の少女』で、それ…

モンテヴェルディ『オルフェオ』やはりオペラは舞台で見るに限る

モンテヴェルディの舞台は初めて。音だけ聴いていてもさっぱり良さがわからなかったのだけれど、舞台で見るとなかなかどうして面白かった。濵田芳通とアントネッロによる演奏の『オルフェオ』、兵庫県立芸術文化センターの中ホールで。バロックオペラといっ…

アンナ・ゼーガース『第七の十字架』、映画『ミツバチと私』、パレストリーナのマドリガーレのことなど

2月12日 アンナ・ゼーガース『第七の十字架』読了。 収容所から7人の政治犯が脱走する。ある者は恐れから自首、ある者は途中で死に、ある者は逮捕される。最後まで逃げるのは誰か。巻頭の人物紹介でネタバレされてしまっているが、それでもその逃避行には心…

ドビュッシー『ペレアスとメリザンド』、大庭みな子、スペイン音楽などのこと

2月4日 スウェーデンのマルメ歌劇場 Malmö Opera でのドビュッシーの『ペレアスとメリザンド』を見ているところなのだが、塔の場面が塔ではなくてブランコというのが新鮮。 ブランコに乗ったメリザンドが後ろから下にいるペレアスに歌いかけ、流れ落ちる髪の…

ネマニャ・ラドゥロヴィチ&ドゥーブル・サンス演奏会

この人のヴァイオリンを聴いていると、ブラームスやドヴォルザークが楽譜に固定する前の、中欧の民衆やジプシーの原初的で荒削りな音楽、さらにはヴァイオリンという楽器の発祥地である中東の、楽譜以前の伝承の民族音楽が聴こえてくるような気がする。 今年…

確定申告、室内楽、ちりめん山椒、森茉莉『甘い蜜の部屋』のことなど

1月20日 ルーティンの仕事は平常心でできるのに、慣れないことや初めてのことになると途端にあわてて間違ってしまう。確定申告も、もう何十回もしているはずなのに、年に一回なので去年のことはもう忘れていて、そのたびに戸惑う。つくづく自分の器の小ささ…

ウィリアム・バード、倉橋由美子、『紙の月』のことなど

1月17日 1585年に亡くなった先輩トマス・タリスを偲んでウィリアム・バードが作曲した「汝ら聖なるミューズよ」Ye sacred muses を聴いて、朝から涙ぐんでいた。Tallis is dead, and Music dies. というリフレインに深い悲しみがにじむ。 ちょうどこれより10…

クリスタ・ヴォルフ『カッサンドラ』、月光ソナタ、フェデリコ・モンポウのことなど

1月7日 クリスタ・ヴォルフ『カッサンドラ』読了。トロイア戦争の中でも際立って個性的なのに出番もセリフも少ない、王女にして神官が主役。虜囚となって死を待ちながら戦争の一部始終を振り返りつつ、渦中にいて我を忘れた男たちから終始距離を置き、冷徹で…

ジェズアルド・シックスの無伴奏のポリフォニーに酔う

生身の人間の声というのはこんなにも優しくて温かいものだったのかということを忘れていたような気がします。 男声6人のアカペラアンサンブル、ジェズアルド・シックス The Gesualdo Six の音楽会を聴いてきました。会場は西宮の神戸女学院小ホール、すり鉢…

ガブリエル・フォーレのヴァイオリンソナタ第2番

ことしはガブリエル・フォーレの没後100年で、先日11月4日が命日である。 昔から彼の室内楽が好きで、ここ10年ほどは歌曲も好んで聴くようになったが、記念の年にあらためてこのフランスの作曲家の音楽を聴き直している。 ヴァイオリンソナタは2曲あって、若…

ベルチャ四重奏団のベートーヴェン

ベルチャ弦楽四重奏団を聴きに西宮に行ってきました。 プログラムはベートーヴェン 弦楽四重奏曲第4番 op18 -4ブリテン 弦楽四重奏曲第3番ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第12番op127です。 ベートーヴェンの若いころの4番と晩年の12番のあいだに、ブリテンの最…

インバルのマーラー10番

ようやく大阪にもエリアフ・インバルが来てくれて、マーラーのなかでも特別に好きな第10交響曲を聴きにいきました。 デリック・クックによる補筆完成版はめったに演奏されることがなく、大阪フィルにとっても初めてなのだそうです。私が実演で聴くのも、20代…

クリスマスと新年のカンタータ@神戸

お友だちのお友だちが行けなくなったとのことで切符を譲ってもらった音楽会を聴きに、神戸・六甲の松蔭女子大学チャペルへ行ってきました。鈴木優人指揮のバッハ・コレギウム・ジャパンを聴くのは10月のヘンデル『ジュリオ・チェーザレ』以来ですが、きょう…

ジュリアード四重奏団@西宮

キンモクセイの香る秋の夜、ジュリアード四重奏団の室内楽を楽しんできました。 プログラムは ベートーヴェン: 弦楽四重奏曲第13番 op.130 ヴィトマン: 弦楽四重奏曲第8番(ベートーヴェン・スタディⅢ) ヴィトマン: 弦楽四重奏曲第10番「カヴァティーナ…

バッハ・コレギウム・ジャパンの『ジュリオ・チェーザレ』

ほとんど予備知識のないままに、初めて見に行ったバロックオペラ、ヘンデルの『ジュリオ・チェーザレ』を楽しんできました。ステージ上の楽団を取り囲むようにして歌手が演じて歌う、セミステージ形式です。開幕早々、チェーザレの第一声に驚き。カウンター…

39年ぶりのドン・ジョヴァンニ

見に行くのは何十年ぶりかしら、フランス文学のゼミでモリエールのドン・ファンを読んだとき、先生に誘われて映画のドン・ジョヴァンニを銀座のヤマハホールで見て以来、数えてみたら39年ぶりに、モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』を見てきました。 佐渡裕…

ユリアンナ・アヴデーエワ ピアノリサイタルを聴く

ユリアンナ・アヴデーエワ ピアノリサイタル。大阪・福島のザ・シンフォニーホールで聴いてきました。 はじめに演奏されたショパン「幻想ポロネーズ」は愛してやまない曲。ポロネーズという曲種はどちらかといえば苦手で、一つにはABAのわかりやすすぎる形式…