高校生のころ初めてクロイツェル・ソナタを聴いたのはLPレコードで、たしかアルチュール・グリュミオーの演奏でした。
1楽章、2楽章と一所懸命に聴いて、特に2楽章の内容が濃くて、ああすてきな曲だなあと、すっかりおなかいっぱいになっていました。
ところがある日、ふとB面に針を下すと、ピアノのイ長調の主和音の炸裂とともに勢いよく走りだすヴァイオリンが聴こえてくるではありませんか。
あ、2楽章で終わりじゃなかったんだ、フィナーレがあったんだ、と初めて知った。
そのクロイツェル・ソナタを弦楽四重奏用に編曲したものを、このごろはよく聴いています。
演奏しているのはアメリカの Ying Quartet
4人中3人が Ying のファミリーネームでご兄弟でしょうか。ファーストネームはみなさんアメリカ風です。
もとの曲よりこっちのほうがずっといい。
もとの曲はどうしてもヴァイオリンとピアノの対決みたいになって、音量の大きいピアノがともすればうるさくて、ヴァイオリンが必死に応戦する、という感じの演奏が多いように思います。
この編曲版はまるではじめから弦楽四重奏のために書かれたような自然なテクスチャーで、全体がしっとりとした一体感につつまれています。
チェロのひとがとてもうまくて、ピアノの左手パートのパッセージがチェロで鳴るととてもスリリングに聞こえます。
ベートーヴェンがもし生きていてこれを聴いたらきっと大いに満足するのではないかなあ。
何度聴いても聴き入ってしまうのは第2楽章。変奏曲が得意だったベートーヴェンの書いた中でもとりわけ規模が大きく内容も充実している。なによりも主題そのものが魅力的です。
カップリングは独奏チェロを加えた弦楽五重奏でのシューマンのチェロ協奏曲。こちらもすばらしい。
ベートーヴェンを聴くと、人はまじめにまっすぐに生きていてもいいのだと改めて思います。斜に構えたり、ふざけたり、冷笑したくなることもこの世の中にたくさんあるけれど、それでもなお、大真面目に生きることはよいことなのだと。
おわりに、私が Ying Quartet を知るきっかけになった YouTube の動画をあげておきますね。さきほどのアルバムより何年か前の演奏で、第一ヴァイオリンは違う人です。こちらも全身全霊をこめた熱っぽい演奏、これも私の大好きな曲。