Dolcissima Mia Vita

A Thing of Beauty is a Joy Forever

Lecture

角田光代『八日目の蝉』再読

9年前に初めて読んだときは、ひたすら希和子に感情移入して、その逃避行に一喜一憂していたが、このたび再読して、これは希和子と同じぐらい恵理菜の物語でもあったのだと気づく。自分を誘拐して連れ出して育て、その結果家庭をめちゃくちゃにした希和子のこ…

菅原百合絵『たましひの薄衣』を読む

人死にて言語(ラング)絶えたるのちの世も風に言の葉そよぎてをらむ 歌集の終り近くに置かれた、「禁色」と題された連作のなかの一首である。 源氏物語の柏木の禁断の恋をめぐる歌ではじまり、禁書目録、猥褻本の著者の追放、サヴォナローラの焚書、炎に包…

2022年に読んだ本

2022年の読書メーター読んだ本の数:128読んだページ数:41389ナイス数:5055蒼穹のかなたに〈1〉―ピコ・デッラ・ミランドラとルネサンスの物語の感想青年貴族ピコ・デラ・ミランドラの目からみた15世紀末のフィレンツェはなんと光輝と優雅と知的興奮に満ち…

アリス・リヴァ『みつばちの平和』を読む

アリス・リヴァ『みつばちの平和』(正田靖子訳)読みました。男は破壊するばかりで暴力しか知らず、後片付けはいつも女の役目になってしまうこの世界への異議が静かに語られます。スペイン内戦の時代、迫りくる世界戦争を予感しつつ『みつばちの平和』を書…

反ルッキズム文学としての『春琴抄』

外見の美醜にとらわれるルッキズムからほんとうに自由になるためには、人は盲目にならなければならないのだろうか。 文字通り盲目でなくても、たとえばオーケストラ団員のオーディションで、カーテンなどで仕切って演奏を審査する例を聞いたことがある。見え…

2021年はこんな本を読んだ

2021年に読んだ本から印象に残ったものを何冊か ピエール・クラストル 『国家をもたぬよう社会は努めてきた』ノブレス・オブリージュという言葉の本当の意味は、首長が民に対して負債をもつということなのかもしれない。民が首長に負債を持ち貢納を納める国…

川野芽生『Lilith』を読む

気になっていた歌集 図書館にたのんで買ってもらったら期待していた以上でした川野芽生『Lilith』 藤棚が解体されると知らずに巣を作っている鳩のようなものなのかもしれない、私は。私を構成していたはずのものは消え失せ、ネジを巻こうとしても手首のどこ…

顔は人格の座なのだろうか

安部公房『他人の顔』を読む。ストーリーはともかく、顔と人格をめぐっていろいろと考えさせられた。 ギリシャ神話にある物語で、暗闇の中だけで愛し合っていたエロスとプシュケの関係が破綻するのは彼女が彼の顔を見たいと欲したからだった。 顔を見なくて…

『ペレアスとメリザンド』再読

完結しない言葉。宙吊りにされて浮遊する言葉。確実なものは何一つなく。夢の中でのように、非現実にふるまう登場人物たち。メリザンドの生い立ちについてもなにひとつ明かされない。森の奥の泉での、途切れがちな会話。劇ではなく、まるで詩のように、ある…

2020年はこんな本を読んだ

2020年に読んだ本のなかから特に心に残ったものを何冊か。 鄭玹汀『天皇制国家と女性』は、教育勅語の発布をきっかけにして天皇中心の国家主義にすり寄っていく同時代のプロテスタントの牧師たちと対比して、木下尚江の、決して権力に媚びない孤高の思想をも…

シモーヌ・ヴェイユ『重力と恩寵』を読む

「真理は死の側にある」La vérité est du coté de la mort. シモーヌ・ヴェイユの『重力と恩寵』の中にあることばである。 このことばから、真(眞)という漢字の成り立ちを思う。 この字は横死した人の死体を表していた。死という字の右半分と同じ形が眞の…

シモーヌ・ヴェイユの詩

シモーヌ・ヴェイユ Simone Weil の詩「扉」La Porte を読む。 自分なりに訳したものを下に掲げます。 扉を開けてください、果樹園が見えるように。 月影のうつるその冷たい水を飲みましょう。 よそものにはつらい灼けつくような長い道のり、 なにもわからず…

藺草慶子『櫻翳』を読む

藺草慶子の句集『櫻翳』(おうえい)を読みました。 黒板に数式のこる春の雪 私が思い浮かべたのは、東北の地震のあと、生徒全員が避難したあとのがらんとした教室の情景でした。当たり前と思っていた日常からむりやり引きはがされたあとの、日常の名残のよ…

「七日間ブックカバーチャレンジ」やってみました

インスタグラムで #7日間ブックカバーチャレンジ というものに声をかけていただいたのでやってみました naoya matsumoto on Instagram: “Voici des fruits, des fleurs, des feuilles et des branches Et puis voici mon cœur qui ne bat que pour vous. (Ve…

人間は弓、神は射手

ペルシャの詩人ルーミー Rumi(1207-1273)の『ルーミー語録』(井筒俊彦著作集第11巻)のなかにこんな一節を読んだ。 人間は神の権能の右手(めて)に握られた弓のようなものである。神がその弓をいろいろなことをするのにお使いになる。この場合、本当の行…

天地は仁ならず

生田武志著『いのちへの礼儀』を読みおわって、その問いの射程の広さと深さに驚嘆し、まだ消化しきれずにいる。 本の終りの方で、チェルノブイリ原子力発電所の近くの立入禁止地帯のことが出てくる。住民が強制退去させられて無人の町となって数十年、当初は…

ハリール・ジブラーン『預言者』再読

レバノンの作家 ハリール・ジブラーン Kahlil Gibran が英語で書いた著作『預言者』The Prophet 詩的な哲学的箴言が断章の形で書かれている。 ニーチェのツァラトゥストラを思わせる孤独な魂が山を下りて、街の人々に乞われるままに説教をする。 ちょっと説…

彩瀬まる『森があふれる』を読んで

彩瀬まる『森があふれる』を読みながら思い出したのは川端康成の小説『美しさと哀しみと』でした。 中年の作家が十代の少女に恋をして、妊娠させて堕胎させて見捨ててその人生を狂わせ、その体験を小説に書き、その浄書を妻にさせる。少女も妻も、作家に反抗…

ラシーヌ「アンドロマック」覚書

絶望的な片思いの連鎖。 オレストはエルミオーヌを、エルミオーヌはピリュスを、ピリュスはアンドロマックを、そしてアンドロマックは亡き夫エクトールを愛している。 そのなかでぶれるのがエルミオーヌとピリュス、ぶれないのがオレストとアンドロマックで…

エシカル・ツーリズム

とある読書会での課題図書、ようやく図書館の順番が回ってきて、アレックス・カー/清野由美『観光亡国論』(中公新書ラクレ)読みました。 読みながら考えたのは観光の足としての飛行機のことです。地球温暖化を少しでも憂える人ならば、ただ楽しみだけのた…

カミュ『異邦人』再読

カミュ『異邦人』再読。再読のたびに発見のある小説である。窪田啓作の訳に誤りがあるのでまず指摘しておきたい。物語の終わり近く、ムルソーと司祭の会話そのとき、私のほうを振り向きながら、不意に彼は大声で、あふれるようにしゃべりたてた。「いいや、…

カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』感想

※この文章にはネタバレがふくまれます。読みたくない人は読まないでください。 カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』6年ぶりの再読です。前回同様今回も、さいごまで物語にはいりこめないままでした。 このようなSF的な設定がどうも苦手で、クローン人間…

新田次郎『アラスカ物語』を読む

新田次郎著『アラスカ物語』読了しました。 最も心に残ったのはフランク安田がエスキモーを引き連れて移住した先で、インディアンの酋長と会見する場面、もともと敵対関係にあったインディアンの領分を侵す一触即発のところで、フランクが片言のインディアン…

精神と魂

"L'esprit se meut, l'âme s'émeut ; l'esprit raisonne, l'âme résonne ." François Cheng - Cinq meditations sur la mort autrement dit sur la vie. 精神は動く 魂は感動する 精神は考える 魂は鳴りひびく と試しに訳してみました 語呂合わせのようなこ…

小泉文夫『音楽の根源にあるもの』を読む

「私たちが音楽的と考えていることが、ほんとうは人間の不幸の始まりかもしれない」 北極圏の鯨を逐うエスキモーとカリブーという馴鹿を逐うエスキモーの音楽の違いに関して 前者はリズムよく声をそろえるが 後者はリズム感に乏しいバラバラの歌 そこから著…

萩耿介『イモータル』感想

萩耿介著『イモータル』という小説を読了。 もっとも胸を打たれたのは、ムガル帝国の皇子シコーが政争に敗れ、捕えられて市中を引き回されるとき、見守る市民(その多くはヒンズー系)から感謝の言葉と同情のまなざしを受ける場面。 イスラム国家の支配者で…