Dolcissima Mia Vita

A Thing of Beauty is a Joy Forever

加賀乙彦『錨のない船』を読む

加賀乙彦『錨のない船』全三巻を読んだ。 真珠湾攻撃前夜、その英語力を買われて対米交渉に派遣された来栖三郎特使の、米国首脳とのぎりぎりの息詰まるやりとり、磊落なルーズヴェルトと無愛想なハル、緊張感なしに休日はドライブに出かける大使館員たち、な…

ジェズアルド・シックスの無伴奏のポリフォニーに酔う

生身の人間の声というのはこんなにも優しくて温かいものだったのかということを忘れていたような気がします。 男声6人のアカペラアンサンブル、ジェズアルド・シックス The Gesualdo Six の音楽会を聴いてきました。会場は西宮の神戸女学院小ホール、すり鉢…

睦月都 歌集『Dance with the invisibles』感想

短歌の世界では名誉とされるらしい賞を受賞した歌人の第一歌集で、この歌集も何かの賞を受けたとのこと。歌壇には疎いのでよくわからないのだけれど。 いきなり揚げ足取りみたいで申し訳ないが、タイトルの invisibles にかすかな違和感をもつ。この単語が名…

下重ななみ個展「夏茜を追う」を見る

贔屓の絵描きさんが大阪に来られると聞き、胸躍らせながら行ってきました。 下重ななみ個展「夏茜を追う」 インスタの画面で見るのと現実の絵を見るのとでは全然違って、髪の毛一本まで繊細で克明な描線も、微妙にうつろう色合いも、長い間立ちつくしてしま…

ガブリエル・フォーレのヴァイオリンソナタ第2番

ことしはガブリエル・フォーレの没後100年で、先日11月4日が命日である。 昔から彼の室内楽が好きで、ここ10年ほどは歌曲も好んで聴くようになったが、記念の年にあらためてこのフランスの作曲家の音楽を聴き直している。 ヴァイオリンソナタは2曲あって、若…

題詠100首 2024

「短歌は奴隷の韻律」と喝破した小野十三郎の短歌否定論を読んだあとで、それでもここに戻ってきてしまうのは、やはりこの詩型が好きだからなのかもしれない。 五十嵐きよみさん主宰の「題詠100首」に参加しました。ありがとうございました 2024-001:言 言ひ…

ベルチャ四重奏団のベートーヴェン

ベルチャ弦楽四重奏団を聴きに西宮に行ってきました。 プログラムはベートーヴェン 弦楽四重奏曲第4番 op18 -4ブリテン 弦楽四重奏曲第3番ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第12番op127です。 ベートーヴェンの若いころの4番と晩年の12番のあいだに、ブリテンの最…

恋愛のよろこびを歌う17世紀の詩人

マリー・カトリーヌ・デジャルダン Marie-Cathrine Desjardins 結婚してヴィルディユ夫人 Madame de Villedieu は、1640年に生まれ、1683年に世を去ったフランスの詩人・劇作家・小説家である。プレシオジテの流れをくむ作家であるらしい。 ja.wikipedia.org…

マルスリーヌ・デボルド=ヴァルモールの詩

1786年に生まれ、1859年に世を去ったマルスリーヌ・デボルド=ヴァルモール Marceline Desbordes-Valmore というフランスの詩人のことはあまりよく知られていないかもしれないが、フランス文学史では必ず出てくる名前である。 バルザックやユゴーと同時代人で…

インバルのマーラー10番

ようやく大阪にもエリアフ・インバルが来てくれて、マーラーのなかでも特別に好きな第10交響曲を聴きにいきました。 デリック・クックによる補筆完成版はめったに演奏されることがなく、大阪フィルにとっても初めてなのだそうです。私が実演で聴くのも、20代…

小澤征爾とマーラー

さきごろ亡くなった小澤征爾をしのんでマーラーを聴いていました。 第9番と第10番、10番はアダージョ楽章のみです。ボストン交響楽団との演奏で、1989~90年の録音。 東京で学生生活を送っていた1980年代、小澤征爾をよく聴きに行ったものでした。海外のオー…

クリスマスと新年のカンタータ@神戸

お友だちのお友だちが行けなくなったとのことで切符を譲ってもらった音楽会を聴きに、神戸・六甲の松蔭女子大学チャペルへ行ってきました。鈴木優人指揮のバッハ・コレギウム・ジャパンを聴くのは10月のヘンデル『ジュリオ・チェーザレ』以来ですが、きょう…

ジュリアード四重奏団@西宮

キンモクセイの香る秋の夜、ジュリアード四重奏団の室内楽を楽しんできました。 プログラムは ベートーヴェン: 弦楽四重奏曲第13番 op.130 ヴィトマン: 弦楽四重奏曲第8番(ベートーヴェン・スタディⅢ) ヴィトマン: 弦楽四重奏曲第10番「カヴァティーナ…

バッハ・コレギウム・ジャパンの『ジュリオ・チェーザレ』

ほとんど予備知識のないままに、初めて見に行ったバロックオペラ、ヘンデルの『ジュリオ・チェーザレ』を楽しんできました。ステージ上の楽団を取り囲むようにして歌手が演じて歌う、セミステージ形式です。開幕早々、チェーザレの第一声に驚き。カウンター…

韓国ドラマ『マイ・ディア・ミスター』を見た

心の底から静かに揺さぶられるほんとうにすばらしい物語。これだから韓国ドラマはやめられない。 最終話のお葬式の場面、これほど温かい気持ちになるお葬式は見たことがなかった。 ドンフン役のイ・ソンギュンの声は暖かく深みがあってセクシーで、人を安心…

39年ぶりのドン・ジョヴァンニ

見に行くのは何十年ぶりかしら、フランス文学のゼミでモリエールのドン・ファンを読んだとき、先生に誘われて映画のドン・ジョヴァンニを銀座のヤマハホールで見て以来、数えてみたら39年ぶりに、モーツァルト『ドン・ジョヴァンニ』を見てきました。 佐渡裕…

題詠100首 2023

五十嵐きよみさん主催の「題詠100首」完走いたしました。主催の五十嵐さま、お世話になりありがとうございました。 2023-001:引 引き潮やあらはれいづる磯浜に春日を浴びて蟹とたはむる 2023-002:寝 みみづくも濡れそぼつらむひさかたの雨音しげく聞こゆる寝…

角田光代『八日目の蝉』再読

9年前に初めて読んだときは、ひたすら希和子に感情移入して、その逃避行に一喜一憂していたが、このたび再読して、これは希和子と同じぐらい恵理菜の物語でもあったのだと気づく。自分を誘拐して連れ出して育て、その結果家庭をめちゃくちゃにした希和子のこ…

菅原百合絵『たましひの薄衣』を読む

人死にて言語(ラング)絶えたるのちの世も風に言の葉そよぎてをらむ 歌集の終り近くに置かれた、「禁色」と題された連作のなかの一首である。 源氏物語の柏木の禁断の恋をめぐる歌ではじまり、禁書目録、猥褻本の著者の追放、サヴォナローラの焚書、炎に包…

桜の花の唯一無二であることについて

桜の花を見るとき、いま目の前に咲いている桜だけではなくて、これまで生きてきたなかで見た無数の桜が、見た場所や情景や、一緒に見た人とともに、意識していてもしていなくても、まるで倍音のように、あるいは不可視の光のように同時にそこに重ねられ、過…

『マディソン郡の橋』を見て婚外恋愛を問い直す

『マディソン郡の橋』は、原著が話題になったころ翻訳で読み、その後原書でも読み、だいぶたってから映画を見、気に入ったので何度も見、原著を忘れかけていたので再読して、今ここ。原作と映画とずいぶん趣がちがっている。原作はロバートの独白、しかもし…

ユリアンナ・アヴデーエワ ピアノリサイタルを聴く

ユリアンナ・アヴデーエワ ピアノリサイタル。大阪・福島のザ・シンフォニーホールで聴いてきました。 はじめに演奏されたショパン「幻想ポロネーズ」は愛してやまない曲。ポロネーズという曲種はどちらかといえば苦手で、一つにはABAのわかりやすすぎる形式…

2022年に読んだ本

2022年の読書メーター読んだ本の数:128読んだページ数:41389ナイス数:5055蒼穹のかなたに〈1〉―ピコ・デッラ・ミランドラとルネサンスの物語の感想青年貴族ピコ・デラ・ミランドラの目からみた15世紀末のフィレンツェはなんと光輝と優雅と知的興奮に満ち…

アリス・リヴァ『みつばちの平和』を読む

アリス・リヴァ『みつばちの平和』(正田靖子訳)読みました。男は破壊するばかりで暴力しか知らず、後片付けはいつも女の役目になってしまうこの世界への異議が静かに語られます。スペイン内戦の時代、迫りくる世界戦争を予感しつつ『みつばちの平和』を書…

「よろしゅうおあがり」という表現

関東よりも関西に住んだ年月のほうが長いとはいえ、生まれが関東なので、いまでも関西は異郷のような感じがしている。その関西に住んで初めて知ったのは「食べる」を意味する「呼ばれる」というふしぎな表現。 「せっかくやし、夕飯たべていき」「おおきに、…

反ルッキズム文学としての『春琴抄』

外見の美醜にとらわれるルッキズムからほんとうに自由になるためには、人は盲目にならなければならないのだろうか。 文字通り盲目でなくても、たとえばオーケストラ団員のオーディションで、カーテンなどで仕切って演奏を審査する例を聞いたことがある。見え…

人間に葉緑素があるならば

人間が葉緑素をもつようになる未来を夢見てみる。はじめは体が緑色なのに驚いても、じきに慣れる。光と空気があれば生きていけるのならば、もはや飢餓は存在せず、1ミリも畑を耕す必要もない。労働から解放されて、緑の肌を寄せ合って遊び暮らす未来は、悪く…

父母から自由になること 韓国ドラマ『シスターズ』感想

親の支配から自らを解放する、勇気ある女性たちの群像劇だった。三姉妹の父は最後まで登場せず、母の存在感も薄い。父母なしで、姉妹で力を合わせて生きていく。イネとヒョリンの出国も、イネにとっては、親代わりに愛情を押しつけてくる姉たちからの、ヒョ…

佐渡裕のブルックナー6番

離れて住む息子が、仕事の都合で行けなくなったからと、音楽会の切符を。ハイドンとブルックナーというプログラムは大好物です。親子で音楽の好みが似ているねと、うちの人たちにからかわれました。 ハイドン 交響曲第90番ブルックナー 交響曲第6番指揮は佐…

「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」を見た

男性の出演者の中でただひとり男らしくない(褒めています)ウ・ヨンウの父親が好きだった。 自閉症の子どもをシングルファーザーとして育てる。なんてすばらしい父親。どんなに大変だっただろう。4歳まで一言も発しなかった子が初めて話し始めたときの喜び…