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シュトラウスの家庭交響曲について

私個人のリヒャルト・シュトラウスのベストテンでは長年にわたってつねに上位の曲のひとつが「家庭交響曲」Sinfonia Domestica です。

ツァラトゥストラ英雄の生涯は、なんだか聞き飽きたなと思ってしまうのに、この曲はけっしてそんなことがない。

巨大な編成のオーケストラの名人芸のかぎりをつくした分厚いテクスチャーから、ときどき彼ならではの耽美的な「歌」が聴こえてくる。

演奏がむずかしいらしく(じっさいむずかしそうにきこえる)オーボエダモーレという変わった楽器を使っているせいもあるのか、演奏の機会があまりない。つい最近飯森範親さんと東京交響楽団がとりあげたらしいけれど、当方関西在住なもので。

ところでオーボエダモーレとコールアングレはどう違うのかしら。低い音域のオーボエで音色も似ています。オーボエ・ダカッチャというのもありますよね。どなたかご存知の方教えてください。

YouTubeで見事な演奏を見つけたのであげておきますね。


Richard Strauss: Sinfonia Domestica Op.53(家庭交響曲) - 早稲田大学交響楽団

早稲田大学のオケは大昔に岩城宏之の指揮で「トゥーランガリラ」を聴いて圧倒されたことがあり、若さ溢れるだけでなく技術的に高度なことは知っていたけれど、ここでの演奏も、ライブの高揚感もあいまって素晴らしいです。トランペットがとちるくらいの小さな傷など何ほどのこともない。どんなプロのオーケストラにも引けを取らない。ポニーテールのティンパニの人がかっこよすぎ。

ワーグナーの楽劇などと同じく、夫と妻と子にそれぞれ主題が与えられ、副次的な主題もたくさんあり、それらが組み合わされたり変形されたりします。私自身、すべての主題を把握し切れていなくて、聴くたびに、あ、ここでこの主題が聴こえてきた、と発見があるので、何度聞いても飽きない。

通して演奏される40分ほどの曲ですが、(1)提示部 (2)スケルツォ (3)緩徐楽章 (4)フィナーレという古典的な4楽章形式になっているともいえます。

主要な3つの主題を挙げてみましょう。

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夫の主題

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妻の主題

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子の主題

男性的な第1主題、女性的な第2主題、副次的な第3主題という、古典的なソナタ形式で、登場人物を描き分けているともいえますね。

夫の主題は低弦と低い管楽器で、のっしのっしと歩くように、妻の主題は高音の弦と高音の管楽器で高いところから舞い降りるように(シュトラウスの妻はたしかソプラノ歌手なのでした)。旋律線も夫の方が「上がって下がる」妻の方が「下がって上がる」対照的に描いています。緩徐楽章が最高潮に達するところでは夫の主題と妻の主題が最強音で同時に響き、それは夫婦のむつまじさの最高潮でもあるでしょう。

子どもの主題はオーボエダモーレのソロでひそやかに歌われますが、このシンプルな音型が、たとえばスケルツォでは3拍子のぴょんぴょん跳ね回るような主題に変形され、フィナーレでは元気よく走り回るようなフーガの主題に変身する、その変化がおもしろくて聞き飽きない。

そのフィナーレが聴きもので、この子どもの主題の変形と、妻の主題の後半部の変形のふたつの主題に基づいた二重フーガによって、朝の作曲家一家のドタバタを陽気に描いていますが、その対位法の複雑精妙な綾のきめの細かさ、各楽器の名人芸、ついつい聴き入ってしまいます。

ニ短調の子の主題が、同主調ニ長調に転じて、堂々としたクライマックスを築いて終わり、かと思いきやまだまだ終わらず、いつの間にかヘ長調、つまり父の調に転調して、最後は父の主題で締めくくる。まだまだ主役の座は渡さないぞ、と言っているかのようです。

英雄の生涯」ではナルシスティックな自己陶酔だった作曲家の自画像が、その数年後に作曲したこの交響曲では、妻や子にじゃまされたりかきまわされることで相対化される、ペーソスとおかしみを交えた喜劇的な自画像に変容して、より深みを増しているような気がします。

さらにその数年後の歌劇「ナクソス島のアリアドネ」で、シュトラウスの自画像ともいえる「作曲家」が、劇場支配人に無理難題をふっかけられたり、振付師や歌手にさんざん翻弄されてパニック寸前になりながらも、自らの芸術を気高く貫こうとするのをも思い出します。

そんなわけで、一度でいいから家庭交響曲を生で聴きたいと思うのです。関西のオーケストラの方々、よろしくお願いいたします。