ブルックナーの第5交響曲は広瀬大介氏によれば「人類の至宝」とのことで、そこまで言っていいかわからないけれども、彼の交響曲の中では一番好きな曲。まるでバッハのように始まり、フィナーレもフーガで書かれた対位法的傑作。
二重フーガになっているこのフィナーレの、クラリネットで示されて跳躍をともなう第1主題と、金管合奏で示されてコラール風の第2主題が別々に出た後、紆余曲折を経て、フォルティッシッシモ(f3つ)で2つの主題が同時に鳴らされてクライマックスを築いたあとのところ、こんな風になっている。
まるで巨大な機関車がのっしのっしと急な坂をのぼりつめて、頂上に達したところで急に速度をゆるめるような音楽。
すべての弦楽器の音符ひとつずつにアクセント記号と「ダウン(下げ弓)」の記号がつけてあり、欄外にもわざわざ「弦楽器はここではできれば8分音符もすべてダウンで短く弾く」と但し書きがしてある。作曲家の強い意志を感じる。
弦楽器のことはよくわからないが、すべてダウンで弾くのはむずかしそうで、もちろんアップダウンアップダウンで弾いた方が弾きやすいのだろうと思う。YouTubeでこの曲の動画をいくつか見たが、指示に従わずアップダウンで弾いているもののほうが多いように見える。弾きやすい代わりにあっさりと軽く聴こえてしまう。
すべてダウンで弾こうとすると、テンポも速くできないし、ひとつひとつの音を踏みしめるように弾くことになる。そして、それこそが作曲家の求めていた音なのではなかろうか。
ブロムシュテットの指揮するこの動画(ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団、2002年、サントリーホール)では、ここの箇所(1時間6分30秒すぎたところ)を忠実にすべてダウンで弾いていて、たいへんな熱演。