Dolcissima Mia Vita

A Thing of Beauty is a Joy Forever

上敷領藍子&深見まどかデュオリサイタル

ヴァイオリンの上敷領藍子さんとピアノの深見まどかさんのデュオリサイタル、疫病がはやってから初めて行く演奏会で、なまの音に飢えているところだったので心から楽しみました。
感染を防ぐためにあけてある扉からかすかに蟬の声が聞こえてくるなかで聴くのはなかなか良いものでした。会場は大阪府島本町のケリアホール。後鳥羽上皇ゆかりの水無瀬神宮の近くです。


トッカータとフーガ、例の鼻から牛乳の有名曲ですが、ヴァイオリンソロによる編曲版で聴くと、まったく新しい曲みたいに、そしてまるでもともとヴァイオリンのために書かれたかのように聴こえるのがふしぎでした。バッハの無伴奏ヴァイオリン曲を聴くと、たった一丁のヴァイオリンから壮大な宇宙が垣間見えることがありますが、こちらはちょうど逆に、巨大なオルガンの響きをひとつのヴァイオリンに凝縮させる試みで、それは想像以上にうまくいっていたと思います。


武満徹の「妖精の距離」、ちゃんと聴くのは初めてです。瀧口修造の同名の詩に霊感を受けて作曲されたというその詩が、演奏の前に朗読されました。そのはじめの3行は

うつくしい歯は樹がくれに歌った
形のいい耳は雲間にあった
玉虫色の爪は水にまじった

非現実あるいは超現実の不思議な情景、それを描く音楽はおだやかで優しく、でもとらえどころのない、どこに行くのかわからないような印象。「ノヴェンバー・ステップス」などで厳しい響きを追求するまえの時代の、若くて初々しい音楽でした。
メシアンみたいな響きだなあと思っていたら、あとから調べると、メシアンピアノ曲からの引用があるのだそうです。
武満が若いころ深い影響をうけたのはドビュッシーからラヴェルメシアンに至るフランス近代音楽だったそうです。このあと切れ目なしに続けて演奏されたのはラヴェルソナタで、二人のつながりが見えたような気がしました。


ラヴェルは第2楽章の「ブルース」が面白い。ギターのようなヴァイオリンのピチカート、ガーシュインサマータイムのような哀愁を帯びてアンニュイなジャズ風のメロディー。ガーシュインラヴェルに弟子入りしようとしたところ、君に教えることはもうなにもないよ、とラヴェルが追い返した逸話を思い出しました。


休憩をはさんで後半はベートーヴェンのクロイツェルソナタ(クロイツァーのほうがドイツ語の響きに近いようですが)。しゃれて粋なラヴェルとは正反対の、まじめで一所懸命な音楽。でも個人的にはこちらのほうが好きです。ダイナミックなのにクールなお二人のわざが冴えわたって、聴きごたえがありました。
クロイツェルの出だしのヴァイオリンソロ、聴くたびに涙が出そうになります。昔のことをふと思い出したりして。こんなふうにヴァイオリンソナタの出だしを書いたひとは誰もいなかった。

ふと思ったのですが、「クロイツェルソナタ」とチャイコフスキーのピアノトリオ「偉大な芸術家の思い出」よく似ているような気がします。どちらもイ長調イ短調)、間の第2楽章はヘ長調。そしてこの第2楽章が変奏曲になっていて、しかも両端の楽章とつりあいがとれないほど長くて複雑で、作曲家は自分のもっている引き出し全部を使って、創意工夫のかぎりをつくして変奏曲を書いている。


アンコールとしてマスネのタイスの瞑想曲。
演奏者の息づかいの伝わる場所でいい音楽を聴いて、なんだか生き返ったような気がします。ありがとうございました。

 

f:id:fransiscoofassisi:20210824144225j:plain