Dolcissima Mia Vita

A Thing of Beauty is a Joy Forever

ホ長調のベートーヴェン

イグナート・ソルジェニーツィン Ignat Solzhenitsyn の演奏でベートーヴェンの3つのピアノソナタをおさめたディスクを聴く。

作家のソルジェニーツィンの息子なのだそうだ。

27,28,29番。作品番号でいうと作品90、101、106。

ペダルをあまり使わず、ノン・レガートの乾いたタッチで非感傷的にひくのがが印象的だった。

29番は別として、27番と28番を続けて聴くのが好き。 

 

Solzhenitsyn Plays Beethoven

Solzhenitsyn Plays Beethoven

  • Ignat Solzhenitsyn
  • クラシック
  • ¥1528

 27番の第2楽章の最後のところ

 

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ベートーヴェン ピアノソナタ第27番、第2楽章のコーダ

 ベートーヴェンにはめずらしい、まるで鳥がふわっと翼をひろげて閉じるような、たおやかな終わり方。

クレッシェンドでアッチェレランド、そしてふっと力を抜いて、元のテンポで、ホ長調の主和音で静かに終わる。

そのあとの28番は、その同じ和音を属和音として、イ長調で静かにはじまる。

まるでさきほどの夢のつづきのように、同じように内的な静謐さで。

 

27番の第2楽章で、ホ長調という、あまりいままで使ってこなかった調性を使ったとき、ベートーヴェンに新しい視野が開けたのではなかろうか。

たとえば彼の以前のお気に入りの調であるハ短調の5番や変ホ長調の3番のシンフォニーにおいて、自信たっぷりに大言壮語していた彼が、病気や失恋やスランプを経て、中年にさしかかったとき、いつもとちがうキーで歌いたくなった。そのひとつがホ長調だったのかもしれない。

27番とほぼ同じ時期に作曲した「フィデリオ序曲」もホ長調。関係があるかどうかわからないけれど。

 

以前から、この作曲家は、曲の途中で思いがけない形でホ長調を使うことがあった。

たとえばハ長調のワルトシュタインソナタの第2主題。本来なら属調ト長調なのにホ長調で歌われる。唐突で意外な感じ。

また、ハ短調の第3ピアノ協奏曲の第2楽章も、ホ長調。無骨で雄勁なハ短調のあとで、突然やわらかい夢幻の世界に入る。そして第3楽章のロンドのなかでも、ロンド主題が不意にホ長調に移る瞬間は、聴くものをはっとさせる。

 

ところが、27番のピアノソナタ以降は、このホ長調をメインにすえて、ベートーヴェンは曲を作るようになる。数年後、ピアノソナタの第30番では、ホ長調の夢幻性をあますところなくで表現する。さらに数年後、弦楽四重奏曲の第14番は嬰ハ短調、これはホ長調と同じシャープ4つの、仲間の調。

 

自信たっぷりのベートーヴェンはときどき敬遠したくなるけれど、ホ長調でやわらかく静かに歌うベートーヴェンは大好きです。