Dolcissima Mia Vita

A Thing of Beauty is a Joy Forever

映画「はちどり」をみた

キム・ボラ監督の映画「はちどり」(2018年)をアマゾンプライムで見た。

家に帰ってきて呼び鈴を鳴らしても誰も出てこなくて、開かないドアをたたいて「おかあさん」と叫ぶ冒頭の場面、それに似たような場面が中盤にもあって、町で母親に似た人を見かけて「おかあさん」と呼ぶのに、何度も呼ぶのに、振り返ってくれない。一番身近であるはずの人が、呼びかけにこたえてくれない。
それとは対照的に、漢文塾のヨンジ先生の、お茶を淹れてくれたり話を聞いてくれたりするやさしさに、少女ウニが少しずつ心を開いてゆく過程の描写が印象的だった。
その先生が、禅のことばを黒板に書いて、顔を知っている人はいっぱいいても、心を知っている人はどれくらいいるだろうか、と投げかける問いは、この映画の主題のひとつかもしれない。
いっしょに暮している家族なのに、話が通じなかったり、殴られたりの日々。父と母が大げんかして父がけがをしたのに、そのあと、何事もなかったかのように二人でテレビを見て笑っている。それを見つめるウニの不思議そうな表情からは、いったいこの人たちは何を考えているのだろう、という冷たい距離感が読み取れる気がする。
仲良しだったはずの友だちやボーイフレンドとも、ふとしたきっかけで疎遠になってしまう。顔は知っていても心の中はわからない人たちばかり。
そんななかで、ヨンジ先生だけは、心と心をかよわせることのできる存在だったのかもしれない。
入院する前にあいさつにいったとき、さようならといって階段をおりかけてから、先生、と引き返してきて、先生が大好き、と抱きつくシーンが好きだった。
あと、教室に気まずい空気が流れたときに、歌を歌おうか、といって先生が低い声でアカペラで歌いだすところも好き。
その前のシーンでウニと友だちがカラオケで歌ったときと対照的に、低く静かに歌う先生の声は、きっと少女たちの心の奥深くにしみとおったことだろう。

この映画には、異なる質の二つの時間が流れている。
一つは、学校の先生やウニの父の時間。脇目もふらず勉強して名門大学に行くこと、がむしゃらに働いて納期までに商品を作ること、それが至上の価値となる時間。
もう一つは、ヨンジ先生の時間。ぼんやりとタバコをふかしたり、のんびりとお茶を楽しんだり、大学を休学したり、突然アルバイトをやめたり。時間の流れは直線的ではなくて、曲がりくねったりあともどりしたりする。
前者の時間は、資本主義経済の繁栄をもたらしたが、同時に、橋の崩落に象徴されるように、その破綻ももたらした。心は荒廃し、顔を知っていても心の中は知られない多くの人を生み出した。
ヨンジ先生のように生きることはできるか、生きてもいいのではないか、そのようにこの映画は問いかけているように思われる。

どうでもいいようなちいさなことだけれど、ヨンジ先生もウニも左利きで、二人が最後に言葉を交わす病院の場面で指切りげんまんをするときは、左手どうしなのだった。すこしふつうとちがうその指切りが、二人の関係のかけがえのなさをあらわしているようにも思えた。

 

見ながら思い出していたのは、チョン・ジュリが監督し、ペ・ドゥナとキム・セロンが出演した「私の少女」(2015年)だった。

時代設定も背景も全然違う二つの映画だが、どちらも、家族という地獄に苦しむ思春期の少女が、家族ではない年長の女性に心惹かれて励まされてゆく物語である。

「殴られてはいけない」というメッセージも共通する。家父長制の色濃く残る国で、この助言はあるいは無責任でさえあるかもしれない。そんなことでは何一つ変わらないのかもしれない。けれども、いずれの作品でも、少女たちは自分なりに精一杯そのメッセージを受け止めて、地獄からサヴァイヴしようとする。

家族のきずなだの愛情だのを為政者は押しつけてくるけれども、ほんとうの救いは家族の外にある、ということができるだろうか。