Dolcissima Mia Vita

A Thing of Beauty is a Joy Forever

「モロッコ、彼女たちの朝」を観た

もとのタイトルは「アダム」映画の中で生れる男の子の名前です。

生まれたばかりの赤ちゃんがほんとうに愛情をこめて撮られていて、もうそれだけでうれしい映画。
泣くばかりではなくて、くしゃみしたり、おならしたり、ちいさくうめいたり、赤ちゃんの出すいろんな音がきこえ、ちいさなつぼみのような手の指と足の指のひとつひとつやほわほわの産毛などが、ごく親密な接写でうつしだされて、ここにかけがえのないひとつの命がまぎれもなく現前しているのが伝わる。
それなのに、母になったばかりのサミアがすぐには抱こうとせず、大粒の涙を流してばかりなのは、別れが差し迫っているから。だっこしてしまえば情が移って別れられなくなるから。彼女にその選択を余儀なくさせるモロッコの、女性にとって生きにくい社会が背景にある。
サミアにかりそめの宿を貸すシングルマザーのアブラも、そのような社会のなかで、一人でパン屋を切り盛りしつつ、娘のワルダとともに必死に生きている。必死すぎて肩に力が入って、よそもののサミアにもなかなか心を開かない。
そんなアブラの心がほどけはじめる印象的な場面は、サミアと一緒にパン種をこねるところで、こねるにつれて弾力をます生地のなかでふたりの手が交錯するところがなんともいえずなまめかしい。
夫の好きだった音楽、その事故死のあとは聴く気にもならなかった音楽のカセットテープをサミアが流したことにはじめは怒るのだが、しだいに目を閉じて恍惚の表情になってゆき、やがて踊りだす場面も好き。
行き場のない行きずりの妊婦を、はじめは助ける立場だったのだが、いつの間にか自らも助けられる立場になっていた。
ようやくうちとけた二人の、祭りの日の喧騒をカウンター越しにながめて笑う表情がすてきだった。
カサブランカの下町の狭い通り、そこを行きかう人々、焼き立ての焼菓子やパンが、美しく撮影されている。フォーカスのしかたや陰翳のつけかたがすてきで、ほんとうに絵のような。モロッコに行きたくなる映画でした。

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