Dolcissima Mia Vita

A Thing of Beauty is a Joy Forever

日本のレジスタンス俳句

フランス出身で日本語で俳句を作るマブソン青眼 (Seegan Mabesoone) が1929年から1945年までのレジスタンス俳句を撰び、フランス語訳をつけ、日仏両方で序文を書いた本『日本レジスタンス俳句撰』(PIPPA Editions, 2017)を読む。

収録されている俳人は知らない人の方が多く、知っていたのは秋元不死男、西東三鬼、渡辺白泉ぐらい。私の無知ゆえかもしれないが、普通のアンソロジーでは見かけない人ばかり。そのことが、いかにこれらの俳人が見捨てられた存在だったかを示している。

レジスタンス俳句といういいかたは初めて聞いたが、いわゆる「新興俳句」のことで、高浜虚子率いるホトトギスの花鳥諷詠への異議申し立てとしての無季・自由律・体制批判を特徴とする。

戦時下の言論統制と重なり、序文によれば9度にわたる検挙があり、懲役になった俳人も少なくない。

有名なのは「京大俳句」事件だが、京大以外の大学にも、そして日本全国に、検挙の網が張られて、組織的な弾圧だったことをうかがわせる。

藤木清子の句

戦死せり三十二枚の歯をそろへ (1939)

を引用してマブソンはこのように書く

「このような無季の俳句こそ、死を表現し切っているのではないか」

同じ個所で、フランス語版の序文はもっと突っ込んだ言い方をしている

L’absence de mot de saison ー convention si habituelle dans le haïku japonais, n’est-elle pas parfaitement recevable dans cette situation extrême : le verset devient l’image même du temps figé, du vide, de la mort, de la guerre qui s’annonce?

試しに訳してみると

「季語の不在ー季語は日本の俳句ではおなじみの伝統だったがーその不在こそ、この極限状況のなかで完全に容認できるものではなかったか。かくして俳句は硬直した索漠たる死の時代の、せまりくる戦争のイマージュとなるのである」

 

焼夷弾で焦土となったところにもはや花は咲かないし鳥も歌わない。放射能にまみれた土の上でどうしてのんびりと歌など歌えようか。アウシュヴィッツ以後、詩を書くことは野蛮であるとテオドール・アドルノが書いたように、破局的な破壊のあとにはもはや沈黙しかないのではないか。それでも詩を書くとすれば、詩の破壊というかたちでしか書けないのではないか。

考えてみれば無季俳句そのものは体制批判でもなんでもなく、ただ季語のない俳句というだけなのに、それが検閲の対象になったのは、伝統的な約束事からの逸脱そのものが、不穏で不逞なものとみなされたのだろう。

マブソンは序文のなかで、同時代のフランスのレジスタンス運動にも言及し、エリュアールやサン・テグジュベリが亡命先で戦争批判の文学を書き続けたこと、それがレジスタンス運動にかかわる人々に大きな勇気を与えたこと、これに対して日本のレジスタンス俳句はつかの間の閃光のように消えて、検挙後は鳴りを潜めてしまったことを書いている。

俳句という形式そのものが全部を言い切らない文学である以上、体制批判も徹底的になりえなかったのかもしれない。

印象に残った一句をフランス語訳とともに

 

英霊をかざりぺたんと座る寡婦(細谷源二,1939)

Elle accroche le cadre ≪Mort pour la patrie≫,

Puis tombe accroupie.

La veuve. 

 

「英霊」は Mort pour la patrie, つまり「祖国のための死者」と意訳している。

死のおぞましさをおおいかくす英霊という美辞麗句にわれわれはころりとだまされてしまう。玉砕もそう。死が美しいものであるかのように。「祖国のための死者」はそのような含意がない中立的な表現。

「ぺたんと」というオノマトペ寡婦の孤独感をあますところなく描いているが、フランス語にはうつしにくい。accroupie (うずくまる)は近いけれども重ならない。

 

そのほかにこんな句も

赤の寡婦黄の寡婦青の寡婦寡婦寡婦(渡辺白泉)

塹壕の三尺の深さ掘りて死し(杉村聖林子)

出でて耕す囚人に鳥渡りけり(嶋田青峰)

砲音に鳥獣魚介冷え曇る(西東三鬼)

戦闘機ばらのある野に逆立ちぬ(仁智栄坊)

秋は戦線の空にもあるか(中村三山)

血も草も夕日に沈み兵黙す(三谷昭)

どれにも日本が正しくて夕刊がばたばたたたまれゆく(栗林一石路)

墓標たち戦場つかのまに移る(石橋辰之助

征く人の母は埋れぬ日の丸に(井上白文地)

徐々に徐々に月下の俘虜として進む(平畑静塔)

煙突の林立静かに煙をあげて戦争の起りそうな朝です(橋本夢道)

昼寝ざめ戦争厳と聳えたり(藤木清子)

憲兵の怒気らんらんと廊は夏(新木瑞夫)

降る雪に胸飾られて捕へらる(秋元不死男)