Dolcissima Mia Vita

A Thing of Beauty is a Joy Forever

ウィリアム・バード、倉橋由美子、『紙の月』のことなど

1月17日

1585年に亡くなった先輩トマス・タリスを偲んでウィリアム・バードが作曲した「汝ら聖なるミューズよ」Ye sacred muses を聴いて、朝から涙ぐんでいた。Tallis is dead, and Music dies. というリフレインに深い悲しみがにじむ。

ちょうどこれより100年ちかく前に、亡くなった先輩オケゲムを偲んでジョスカン・デ・プレの作った「森の精霊たちよ」Nymphes des bois もまた、この曲と同じように5声による無伴奏の挽歌なのだった。両曲とも、ミューズや精霊など超自然的存在への呼びかけである点も同じ。

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1月18日

倉橋由美子『聖少女』図書館で借りて読了。村上芳正の装幀が妖しく艶かしい。

同じ著者の『反悲劇』を読んだあとでは、これもまた悲劇の語り直しかのように思えてくる。未紀が女性版オイディプスであり、自動車事故による母の死はたとえ過失であっても、彼女が運転して、抑圧者の母を殺した事実は紛れもない。父との媾合はオイディプスと異なり完全に意識的・意図的な、未紀からの誘惑で、主導権を握るのは彼女である。随所に見られる学校的・体制的なものへの嘲笑と考え合わせれば、母を殺し父と交わる行為もまた、親への挑戦あるいは否定だったかもしれない。同時代の学生運動の反体制の身振りよりもはるかにラディカルな形の。

 

1月19日

銀行員による貸金庫横領のニュースを読んで、最近読んだ角田光代の小説『紙の月』を思い出していた。

初めは顧客から預かったお金を少し借りて、あとですぐ自分の財布から返す。何も問題はないはずなのに、そこから加速度的に大胆になって、預かり証の偽造から架空の商品の売りつけへと深みにはまってゆく。

同じ著者の『八日目の蟬』と同じように、明らかな犯罪者なのに、なぜか心を寄せてしまい、その逃避行を応援さえしたくなる。 顧客のひとりの認知症の老婦人の財産の管理を最後まで気にかける、犯罪者らしからぬ優しさ、その老婦人のことを同僚に託したあと、発覚寸前に日本を離れる鮮やかさ。

読後、映画とドラマも観た。 宮沢りえ主演の映画はあまり感心しなかった。大学生と恋に落ちる過程の描写が雑すぎるし、色仕掛けで顧客の心を摑もうとする場面も観ていて不快。宮沢の魅力に頼りすぎて、彼女の持ち味を引き出せていない。

キム・ソヒョン主演の韓国ドラマは非常に良かった。終盤で、ハンマーでガラス窓を叩き割って、紙幣の雨を降らせるシーンに度肝を抜かれる。こう来るとは思わなかった。タイでのラストシーンのキム・ソヒョン、かっこ良すぎる。シンプルな衣装がかえって魅力を引き立たせる。

それでも、原作が一番良かったかもしれない。